2017年1月3日火曜日

クライモリ デッド・リターン(2009)

クライモリ デッド・リターン


~欲~


〇はじめに
 前作の大佐を受けてってな感じなのかな。彼らから逃げ惑う様ではなく、殺り合う様を観せようと。



〇こんな話
 今度は囚人が相手だ。


人生金が全てじゃない
 今回は「欲」がテーマか。欲に塗れているというところで囚人という対抗馬が描かれ、オチに活きてくる。



 ひたすらに囚人と看守を率いたがる、無駄にリーダーシップを発揮している男がいた。ある囚人は姉ちゃんを犯したいと。縛られるのが好きかという保安官と囚人とのやり取り。縛りたいとする者と縛られたくないとする2人は共に縛られ昇天する。現金輸送車の札束が放置されているのを見るや皆挙って俺のもんだあああああああああああ。ここで現金が残されているというところで、彼らとの根本的な違いを観せてもいるわけね。



 シリーズの主題である選択(分かれ道)というところを人間の欲という根源的なところで描き出そうとしている。道を踏み外すか否か、悪に手を染めるか否か。

 度々映し出される囚人の足に繋がれた鎖は、それぞれの囚人が抜け駆け(裏切り)できないとするところだろう。悪の道において、すでに踏み外した道において運命共同体であると。彼らこそ当にWRONG TURNの象徴なわけだ。



 そして問題は鎖に繋がれていない者たちを繋ぐ、繋ごうとする目に見えないもので。銃の脅しであったり、生存欲求であったり、お金であったり・・・ これがオチに効いてくる。


 学費のために汗水たらして働いて、悠々自適な老後生活を送るのために猛勉強して、要は全てお金のためにやっていた主人公なわけだが、それが馬鹿らしくなったわけだ。

 地道にコツコツやっていた今まで通りの生活に戻れば命を落とすことは無かっただろう。しかしそんな努力をしてもこんな事態に見舞われたことを加味するとどうか。目の前に世界を変えられるほどの大金が転がっている。それを知っているのは自分を含めごく少数で生き残りはごくわずか。そんなん手~出しちまいますよ。

 でもね、よくよく考えるとおかしいんですよね。この道を踏み外すって話は、飽くまでもその個人の選択を起点にするべきで。それが今作は巻き込まれるカタチになっている。選択を誤ったことで襲われるのではなく、奴らが襲いに来ている。どの道ダメだったっていうのを描いてしまっている。これがラストの主人公の選択というところに活きてきていないところですね。

 ただこれは今までのシリーズとの違いを作り出すための捻りでもあるのだろう。今までの主題がたったのラストにだけ集約されていると見る。最初の起点となる選択から堕ちていくのではなく、散々な目にあって尚どうするのか?と。選択によってもたらされる結果ではなく、とある結果からどういった選択をするのかと。今までとはアプローチが変わっているわけだ。


 そんなところを考えると、最初のラフティング(川下り)を描いていたのも何かあるのかな。流れに逆らい上ることはできない。下っていくのみ。ただその流れを利用してコースを操ることはできる。



 目的地、到達点は同じだが、その辿り着くまでのコースを選択することはできるわけでね。これがそのまま主人公の最後の選択に当てはまるのよね。








〇最後に
 何の話だったんだっけかね、「クライモリ」ってのは・・・


 ではでは・・・





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