2017年7月17日月曜日

REM レム(2000)



~ダーリン~



〇はじめに
 お食事時にはオススメしない。



〇想起する作品
 「マシニスト」(2004)





〇こんな話
 これどう思う??






〇汚いだっちゃ
 最初の雨漏り的な一定間隔でポツポツと音を立てているのは不安を煽ってるの? それとも気持ちを落ち着けているの? 他にどんな意味合いが考えられる? 単にこれを機に安心して眠れなくなるってな誘導か・・・ いやまぁ寝てるけど。


 シャワーヘッドや水道の蛇口に水垢(いやカビ?)がたっぷりとこびりついてる様を観せつける。トイレの詰まり浴槽の排水溝の詰まり・・・、水回りが特に汚い。そんなところに主人公はひたすらに手を突っ込んでいく。そのまま受話器を手にしたり、洗わずにタオルで拭いたり・・・。





 そんな家のそんな主人公に警官は時折水を飲ませてくれと要求し、学生はトイレを貸してくださいと床にうつ伏す。





 ものすごいムズムズする。ん?ゾクゾク?ざわざわ?





 詰まりの解消の際、何が詰まっているのかという原因を探るのはもちろんなのだが、その解消よりも自らの手が汚れるもしくは汚れたことに意識が集中してしまう。ヌメヌメとした感覚が蘇ることで寒気を覚えることがないだろうか。原因が何であろうと関係ない。仮に原因が取り除かれたとしても残る、蘇ってくる感覚がある。この作品は当にその感覚を刺激してくる。




 精神科医のセルフサービスは良い対比だ。セルフサービスというかマイ水筒とかマイ〇〇の方が良いのかな? 水気を拭きとるというのもナイス。
 
 気にならない人は別に構わない。他人の家で出されたモノを何の躊躇いも無く疑いも無く手にする口にすることができる。いやそんな人たちだからこそ平気で〇〇もらえますかと頼めるんだけど。いやまぁどうしてもってな緊急事態は別ですがね。あと親しい間柄だったり、招かれてとかは・・・ 

 私も潔癖とまでは行かないしそもそも掃除なんて滅多にしない人間であるが、意識に登ってしまうとそちらが気になって気になってどうしようもならなくなるってなことはある・・・ 「キャビン・フィーバー」の1と2で下品な話題を繰り広げたが、あの感覚に近いんですわ・・・ 

 よくラーメン屋等で指が入ってるだどうのと話題になることがある。私は別段それ自体は気にはならないが、それを気にしてしまう心理が理解できないわけではない。大体指が入るという行為自体を責める人間は、自らの振舞いにはルーズだったりするわけだが、そのケースはここでは扱わないでおく。

 問題は指が入った事ではなく、その入った指がどういう経緯を辿ってその器に入ったのかということなのだ。それが指が入ったという場面だけでは見えてこない。この見えないところをどこまで気にするのか気にしてしまうのかというのがこの話の神髄である。


 主人公の身の回りの生理的に受け付けない汚さを観せられての、一方的に押し掛ける学生や警官の何やねんこいつらといった図々しさから見えてくる無頓着さに無神経さ。よくこいつら〇〇が気にならないなと、気が回らないなと。その水綺麗? その水飲んだコップ歯ブラシ入ってたヤツやで? この人トイレに手を突っ込んで手を洗ってませんけど・・・ 妻の不倫相手は状況が定かでは無い中人の家に入って来るや否や暴力を振るい、一応紹介で来た精神科医ではあるが主人公の都合はそっちのけで予定を一方的に決めつける。空白部分を認識しないで行われる周辺人物の行動の数々にモヤモヤするわけであるが、その空白部分がどこか不潔に描かれているのと、空白部分の根幹である主人公の記憶事態が曖昧というもうわけわからん状況で話が進むことで、何とも不安を煽られる。




〇最後に
 お口直しにね・・・







モスクワ・ゼロ(2006)

モスクワ・ゼロ


~悪魔~


〇はじめに
 この子の良さは暗闇じゃ出ないと思うがな・・・





















〇想起する作品
 「アローン・イン・ザ・ダーク」(2005)
 「リセット」(2010)



〇こんな話
 地下に悪魔がいるらしいよ。





〇悪魔
 神へ反抗した者が天国に届こうとする寺院を建築しようと試みた。しかしそれを建てる上での基礎工事として地獄に届くほどの掘削をする必要があった。

 どゆこと?

 天国 ← 大地 (→ 地獄)

 こういうことですよね? 天国に辿りつくことイコール地獄へと?? ただ地獄へと道が通じてしまったという事実だけを押さえればいいのか?

 天国までの道を築こうと上ばかり見ていたらいつの間にかに足元は地獄だったと・・・


 都市伝説を追っているセルゲイ。修道院(礼拝堂?)を探しに地下へ地下へと潜っていく。どうやら地下は迷宮となっており迷っているようだ。

 このセルゲイとやらを起点に、彼の消息を負う友人パートともう一つ何かに追われている少女パートがある。計3つのパートで話は展開される。


話をざっくりまとめると・・・

 修道士と子どもたちに何があったのかを追いかけるセルゲイを追いかける友人。

 少女たち ← セルゲイ ← 友人たち

と追いかけていくという展開だと認識させている。時系列的にもこの順序なのだろうと・・・




 ・(地上に住む)我々は地獄の入り口にいる

 ・シスターナタリアは子どもたちを地下から外に出さないために出口に地獄と書いた


 多分この2つがなんかあるんだよね。地下の存在がイマイチわからないのだが、子どもたちにとっては地獄だったとセルゲイは言っている。でもその前に少女が地獄の門が開いたと言っており・・・。これは地下鉄工事にて川の流れを変えたからとされている・・・


 地獄の入り口とされていたところが実は修道院(地上)への出口だったという・・・

 地獄の門が開かれたとして、少女たちは地上への出口を探している(逃げている)。しかし子どもたちこそが悪魔だったってなオチなんだよな多分。その案内としてシスターを探し求めており1人が捕まりその後解放され泳がされたと。

 

 地上 ― 地下迷宮 ― 地獄

と繋がっており、

 シスターが子どもたちを地下に閉じ込めていた。その記憶で少女たちは動いている。


 いやそもそも悪魔だったのかってなところまで展望するべきなのか? 子どもたちは侵入してきた大人たちを悪魔だと思ってたんだったか? 地下に眠っていた子どもたちを最後地上に解放したのは、彼らがシスターと定めた者(リュバ)だ。故にシスターに導かれたと言ってもいい。彼らはシスターをずっと待っていたのだ。彼らの地上への解放は果たして浄化なのかそれとも・・・



 それとも悪魔を創り出した、創り出しているのはってな話なのか?



 まぁ何で子どもたちは地下に隠れたのかってところから展望するべきなんですかね。


 その時代における地獄とは地上と地下とでどちらだったのか? 現代においてはどちらが地獄なのか? この時代の比較をしてみると天国と地獄の関係性も少しは見えてくるのかな。我々は果たしてどちらに向かおうとして、どちらに向かっているのか。





〇最後に
 Oksana Akinshinaが出ていることで観たがようわからんかった。

 ではでは・・・




2017年7月16日日曜日

ミラーズ 呪怨鏡(2015)

ミラーズ 呪怨鏡


~手探り感~


〇はじめに
 何だろ・・・普通・・・うん・・・普通に怖いけども・・・





〇想起する作品
 「悪魔を憐れむ歌」(1998)
 「ミラーズ」(2008)
 「ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館」(2012)
 「ポゼッション」(2012)
 「死霊館」(2013)
 「ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄」(2015)



〇こんな話
 出でよ~、スペードの女王ぉ~!!



〇手探り
 想起する作品に挙げたものの詰め合わせというか、まぁこれは私が手を出せている範囲であるのでおそらくは他にもやたらと似通っているネタはあるんだろうけど・・・ それ故良い意味で王道というか安心感は抜群。



 この作品のオリジナリティでもないんだろうけど、抜群におもしろかったのはこれだという確証が全く得られないところ。心霊現象に関して抜本的な解決が不可能なのではなくわからないというところ。

 ルーツを辿ろうにもその現場に赴くのではなく、しかも頼る人間が霊的なものに関しての専門家でもなく独自に調査はしているものの素人に毛が生えたような解決した事例は皆無の同じような境遇の人間。何かやたらと対策を講じ、いざ立ち向かうとなったときにこれができれば解決だと頼もしさを感じる反面、実際問題その対策一つ一つには全く意味が無く、ではこれとやらはどう行えばいいのかと尋ねられればわからない(知るわけがない)と来たもんだ。感覚に委ねるしかないだと?? その感覚とやらが知りたいんや!!

 相対するスペードの女王は呪うのはアーニャ1人だと断言しながら関与した全員を殺しにかかってくる理不尽さ。まぁそれはそれは見事な手探り感である。最後の最後まで博打うちである。


 この手探り感は見事なのだが、その手探りに移行する過程にてももう少し手探り感を醸し出してくれると尚良かった。なるべく関与したくないという人間がビデオ通話のGPSで住所が特定されるというのは都合が良すぎる。あと医者という設定も。指輪を外すのに指切っちゃうくらいしてもよかったんじゃない? いや絶対ダメ!! 父親の仕事そっちのけなのももう少し活かしてほしかったかな。




 



〇最後に
 アバウトな感じを楽しめればね・・・



 Alina Babak注目ね




 ではでは・・・

消えた天使(2007)

消えた天使


~理解~


〇はじめに
 怪物と戦うものは自らが怪物とならぬよう・・・

 深淵をのぞくとき、深淵もまたのぞき返している



〇想起する作品
 「セブン」(1995)
 「人質」(1999)
 「サウンド・オブ・サイレンス」(2001)
 「マイレージ、マイライフ」(2009)
 「サイド・エフェクト」(2013)
 

〇こんな話
 引退まじかの調査官と新人調査官。




〇騙される心理
 米国で登録されている性犯罪者の数は50万人。監察官の数は1人辺り1000人を見る計算だそうだ。女性や子供が2分に1人性的暴行を受けている。 

 これをまず踏まえさせられる。


 サスペンスの要素としては我々の固定観念や偏見をついてくるわけだが、

 男と女を比べた場合に確実に思い浮かぶ構図が

 

という力関係である。男が女を支配している。男が加害者で女は被害者である。

 劇中エロル・バベッチが監視対象者と面会していくわけだが、一切の同情が見られない。男VS男、男VS女の構図どちらでもだ。質問表には無い質問までして対象者を追い込んでいく。どこかいたぶるのを楽しんでいるともとれる。なぜ執拗にそこまでと。

 そこに新人のアリスンである。鑑賞者の目線が彼女だ。エロルの様子を観せられ、対象者に同情の念を抱かせられる。女VS女という構図でビオラに同情する姿を描いたのがそれを助長する。そしてとあるダイナーでのバベッチの暴走。彼女は仲裁に入れず、警官が彼を取り押さえるのを見ているしかない。女VS男という構図である。そんな場当たり的な対応を観せられるのである。必然的に男と女の関係が固まっていく。

 これが最後アリスンの決意を固めるところに掛かってくるのである。我々の表面的なモノの見方を突きつけられるのである。あと車の運転席と助手席の件と、複数犯というところとの兼ね合いもあるのよね。この観せ方はうまかった。




 潜在的脅威を見定める。

 良く言えば確信をつく、人を見抜く問答。悪く言えばプライベートに、懐にズケズケ入り込んで来る不愉快極まりない態度。彼は外堀を埋めてから、人との距離を測ってから関係性を築くのではなく、いきなり内側のものを抉り出そうとする。とあるバーでの一幕。好意を持ち寄ってきてくれた女性に性犯罪者と同じ質問を開始する。ここでの彼女の態度が普通であろう。しかし形式上監視者は逃げられない。これを逆手にとっているわけだ。

 一方的な質問を繰り返すバベッチと、相手の言葉を聞いてやるアリスンでもそれを映し出した。バベッチの執拗な献身性は効果が無かろうとひたすらに新聞に丸をつけ警察に報告をしている姿でも描かれている。


 性犯罪者は嘘の塊だと。一見普通に見える。装ってくる。これが表面的な質問だと見えないわけだ。相手の虚をつく質問でないと。動揺させるようなものでないと。

 この辺りの線引きは難しいところ。「サウンド・オブ・サイレンス」や「サイド・エフェクト」という作品があるのだが、これは精神病を装い医師を騙す姿が描かれる。医師ですら(とすると過大評価になるのであまり言いたくないのだが)、騙されるのである。そしてこの最後は「人質」という映画も想起される。「セブン」も付け足しとくか。



  怪物と戦うものは自らが怪物とならぬよう・・・

  深淵をのぞくとき、深淵もまたのぞき返している

 おそらくバベッチだけだったなら最後撃っていたのではなかろうか。しかし彼にはアリスンが駆けつけた。己の欲望に忠実になるということ。あの場で殺していたら彼らと同じになっていたということ。

 バベッチの執拗な行為はその人物を見抜く、いや理解するという彼らへの接近を意味している。ここが肝心なのである。

 ではアリスンの共感及び同情とする行為はそれに当たらないのかと。

 当たらなくはない。しかしその同情及び共感は何を基にしたものなのかを考えなければならない。バベッチは彼らの内面をのぞき込み理解することで潜在的脅威を見極めようとしている。アリスンは監視対象者の上辺だけの言葉(情報)で理解を示しているわけである。

 これを踏まえラストを観るのである・・・ 

 バベッチはどこへ向かおうとしていたのか・・・

 アリスンは果たしてどこへ向かうのだろうか・・・



〇最後に
 目の周り黒くすると印象がぐんと変わるよね。別にこの人のこと知らないけど。

















 ではでは・・・



2017年7月14日金曜日

ダークネス(2016)

ダークネス


~家族が抱える闇~


〇はじめに
 見舞われる怪現象の真相がどうのってな話よりも、怪現象に見舞われたことで表出するその家族の闇(陰)ってなところがメインね。



〇想起する作品
 「ダークスカイズ」(2013)



〇こんな話
 一見幸せそうな家族に潜む闇。



〇闇
 自閉症の息子、思春期の娘、子育てや家庭不和に悩む母親に、仕事のストレスもありとりあえず体面だけは保とうする父親・・・



 怪現象に見舞われることで表出するその家族が抱える闇。何が原因なのかを探る過程で行われるのはまず責任転嫁。自分ではない誰かしらへと責任を擦り付けたがる。自身の何かしらの損失を気にしてのことである。そして何より相手を信用・信頼していないというところが大きい。

 この「信じる」・「信じてみる」というところを皮切りに、怪現象に立ち向かう姿勢を家族に向き合う姿勢へと直結させ、家族のわだかまりの解消へと持って行く観せ方は中々に見応えがあった。





・・・ただ既視感のオンパレードではある。




〇余談
 よく痩せなきゃ痩せなきゃって体型気にする人がいるけどさ・・・


 別にそんな気にしなくていいと思うけどね。いや本人にとっては深刻な問題なんだろうけどさ。

 いや明らかな肥満とかは別よ。健康上の問題とか自力で歩行困難とかさ・・・、命に関わるヤツはね。



〇最後に
 心身ともに余裕の無さからついつい批判ではなく非難をしてしまいがちである。欠点ばかりが目につきがちになる。そういった姿勢を見直そうとしておりこの作品も「ありがち」として括りたくはないが、やはりどうしても新鮮味というか斬新さを求めてしまう自分がいる。どうしたもんかねぇ~・・・

 まぁ素直に自分の感じたままにモノを言うってことも大切ではあるがね・・・



 ではでは・・・




2017年7月11日火曜日

クレイジーズ(2010)

クレイジーズ[DVD]


~ダイヤを散りばめてる様な~

〇はじめに
 最初の違和感の演出はすばらしかった。不気味だった。人が続々死に始めてから、襲われ始めてからかな?は、この手の作品の通常営業。もうコメディの域。



〇こんな話
 だぁ!だぁ!だぁ!
  ・・・それはBOY MEETS GIRL

 個人的にはEZ DO DANCEが好き。何の話やねん。



〇クレイジー
 クレイジーな人間たちを表現するために、混乱や恐怖を描いていけるようなシチュエーションに持っていくためとはわかってはいるが・・・

 軍はなぜはじめに隔離政策を行おうとするのか? 一発目からナパーム弾だか落とせばいいじゃんと思ってしまうしょうもない感想が出てくる。現実問題そうはできないだろうと割り切ってはいるが。

 ウィルスの調査に当たりたいのか。発生源やら致死率やら感染率やらワクチンやら・・・

 しかし飛行機が墜落してもニュースにならないくらいの隠蔽工作が行われているわけであろう。そんなウィルスの調査を今さら行ってどうするのかと。危険度、脅威度みたいなのは算出されているのではないのか。飛行機だか、衛星だかで状況は常時把握していたようですし。いやそれこそ秘密裏に処理するという段階なわけなのか。それが失敗するという体たらく。軍のお粗末さか、ウィルスの脅威の演出か、どちらにもつながるのか。

 ラスト次のターゲットの街の規模が大きくなってるのよね・・・



 話は全く変わるけど、こういう画好きね。創造と破壊みたいな。
 




〇最後に
 保安官助手?補佐?、こいつかっけえ。ヘルプ、サポート役として優秀すぎる。主人公を引き立てるのに自分の役目を理解してやがる。ここから普段の彼らも想像できるってなわけなのか。そして・・・

 ではでは・・・

 

2017年7月9日日曜日

デンジャラス・ラン(2012)

デンジャラス・ラン


~ミステイク~


〇はじめに
 これスノーデン事件の前に作られたのか・・・

 こういう世界規模だったり各所だったりの状勢の目利きってのは誰がやってんのよ・・・ すげぇな、純粋に。



〇こんな話
 伝説の男と逃避行。


〇落ち度
 トビン・フロストというターゲットを抹殺するためにどのように彼にアプローチするのか。彼というターゲット「だけ」を狙うのか、彼の関係者「もろとも」皆殺しにするのか。

 「俺を狙うならもっと頭を使え」とトビン・フロストが悪態をつく。これは彼の強がりであるわけだが、一番には無関係の人間を巻き込むなという、彼の数少ない友人を死に至らしめた事に対する怒り(後悔)がある。





 ここで頭が行ったのは、最初のトビン・フロストの逃走シーン。彼は一般人?に金を渡し囮として使うわけだが、その囮となった者は狙撃され死亡する。この時点では彼の用心深さや容赦の無さといったところが示されているのだろうと思われたわけだが、この場面はそれよりも堅苦しくは情報の不確さによる「落ち度」というところを追求したかったように思えてくるのである。

 狙撃手がトビン・フロストというターゲットを100%確実に仕留めることをすれば、一般人が巻き込まれることはなかった。確かに一般人を巻き込んだのはトビン・フロストかもしれないが、一般人が殺されるというあのケースにおける最悪の結果を招いた、引鉄を引いたのは狙撃手である。つまりここで目を付けるべきは入店時にレストランの客を把握していたことで囮を使ったトビン・フロストの先読み能力ではなく、それに気付けなかった後手に甘んじるしかなかった狙撃手の至らなさという部分なのである。



 新人捜査官はセーフハウス(セイフとすべきなのかな?)というところで職務に就いているわけだが、滅多なことでは何も起きない。お客が来ない。毎日毎日同じ決まった作業を繰り返すのみ。それ故に新人の配属待機所的な意味合いのある場所なのだろうか? まぁそれは置いといて、彼は黙々とトレーニングに励んでいるのである。ではそのトレーニングとは何のために行っているのか。滅多なことで何も起きない場所でいったい彼は何を想定し何に備えているのか。この盲目さが作品全体を覆っている。この盲目さこそがテーマだったのではないか。

 事前に把握しておくべき情報は描かれている(捉えている)がその場では繋がらず後になって紐解かれていくという描写が何度もある。こういった見え方の変化というところが新人捜査官を中軸に描かれていくことになる。




 例えば警官を射殺してしまう場面。一般人を巻き込む発砲を繰り返していた警官に対する正当防衛だったわけだが、これに対するマスコミやCIAの見解は異なるものとなっていた。ケープタウンにCIAは存在しないこととなっており、その存在を認める事態を発生させまいとするCIAの立場と、現地における情報不足な中での報道と。これは異なる立場における見え方(見方)の変化である。



 そんな若造がひょんなことから伝説の男トビン・フロストと行動を共にすることになる。ひたすらにセーフハウスに籠っている男と、国際指名手配をされながらも一線を掻い潜ってきた者とで実力差は明白で。しかしそんな関係を意識させられながらも食い下がる、必死に食らいついていく若造を観せられていくことになる。

 それを踏まえ先ほどの悪態をつくに至る戦闘。新人ながらも情報分析には定評があるようで?、フロストの居場所は彼だからこそ突き止めたかのように当初は描かれている。しかしすぐにわかったとの新人の言葉、そしてフロストの悪態によってふと気付く。実は新人でもわかってしまうという皮肉な場面でもあることに。新人の優れた能力故ではなく、トビン・フロストに落ち度があったことに。


 誰かしらが一歩先一手先を行くということは、誰かしらがミスを犯しているからと捉えることができる。つまり一手先を行っているわけではなく、そもそも相手が打つべき一手を打っていないと。先読みではなく後手に、いや後手後手に勝手に周っているのだと。

 これには不用意な一手を打つという逆も存在していて。先手を打つ、というより何かしら手を打つ、策を講じなければならない場面は必然的に出てくるわけで。それが結果として功を奏すか、逆に悪手となってしまうのかという違いがあり、前者であれば一手先ということになり、後者であれば後手(一手後)に回るということになる。

 なぜそうなってしまうのかは事がそう単純に見えてこないことに起因する。盲目さというところである。





 単純ではないと言いつつボードゲームで勝手に例えると、チェスや将棋なんかは決まった駒を動かすことで勝負を展開するわけであるが、どういったゲームを展開するかの展望はあれど、初手を打つまではどれを動かすも自由である。初手が打たれて初めて選択肢に制限がかけられていく。

 囲碁の方が良いか。盤上に何も無い状態に碁石を置いていく。盤面をどう使おうかとする読みや展開は、局面が動いていくほど狭まっていく。

 で、何が言いたいのかというと、選択肢を狭めていくことが勝敗はどうあれ決着を見ることに繋がるわけだが、その選択の幅が広がるのはどういった展開のときであろうかと。

 先ほどはミスとして括ってしまったのだが、ではそのミスとはどのように犯してしまうのか。相手の展開に応じて最善の一手を選択していくという事を互いにするわけだが、常に最善の一手を模索するのか、最終的なところで活きてくるだろう最善を模索するのか。つまりは読みといところなのだが、互いにどこまでを読んでいるのか、読めているのか。

 勝負とはこの読みの幅の噛み合わせなわけである。それにより場当たり的な対処になるのか、先手を打てる状況なのか、後手に回るしかないのかといった違いが生まれてくるわけで。

 そしてゲームは終盤になると辿るべき道が定まっていく。囲碁ではそれをヨセというが、これが繊細な作業なようで・・・。まぁこれはいいや「ヒカルの碁」の知識だし。




 新人とベテランという対比は否が応にでも目につく。規則を遵守し正義を全うしようとする新人に対し、作戦の確実性を上げるためには平気で違法行為に及ぶベテランたち。戦い方を熟知している者とそれにイチイチ戸惑う者。他にデスクと現場、現職CIAと伝説の逃亡犯・・・

 これがラストの主人公の行動に繋がってくる。自らの正義を貫くために正義を貫けなかった、組織を国を裏切り敵に回ることを選択せざるをえなかったフロストに対する。

 何が正しい選択なのか・・・、何が正義なのか・・・








〇最後に
 それぞれに抱えている事情が混ざり合ってぐっちゃぐっちゃなんやろなぁ~。

 ではでは・・・




悪女 AKUJO(2017)

~アクションは爽快~ 〇はじめに  韓国ではこの方はイケメンの部類なの? 〇想起する作品  「ニキータ」  「アンダーワールド」(2003)  「KITE」(2014)  「ハードコア」(2016)  「レッド・スパロー」(2018)...