2017年10月31日火曜日

ワイルド・スピード ICE BREAK(2017)

ワイルド・スピード ICE BREAK


~ハゲンジャーズ~


〇はじめに
 ほんとに「ドラゴンボール」だな・・・

 いずれ「トリプルX」と合流して、「エクスペンダブルズ」ともタッグ組むんでしょ。最終的には「アベンジャーズ」に喧嘩売ったるでぇ~!!



 今作の見どころはドウェイン・ジョンソンのハカだね。






〇こんな話
 ぶ~ん、ぶ~ん♪






〇ふぁみりーやでぇ~
 いや楽しかったんだけどさ・・・

 敵が味方になっていくスタイルでどんどん派手になる感じ大好きだけどさ・・・

 「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」で殺された奴いたやん。ファミリーでさ・・・ その恋人も巻き込まれてたよね前作だか前々作で・・・



 あれ?? 赦されたの???

 今作もまたこれからの扱いが面倒だからと1人ファミリー消えるし・・・


 ブライアン意識させとけば問題ないやろ!!!





 ド どうでもいい


 レ レティさえいれば

   ・・・。

 ミ みんな

 ファ ファミリーだ!!








〇最後に
 次作は頭空っぽに真っ白に劇場で楽しみたいな。


 ではでは・・・




2017年10月29日日曜日

米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー(2017)

~沖縄~



〇はじめに
 突然Jアラートなるものが鳴り響いた朝があったが、その時にある方はまずこう語った。「ミサイル発射直後から完璧に事態を把握していた」と。そして「国民の生命を守るために万全の態勢をとっていた」と。

 私はここに違和感を覚えた。国民の生命どうのと謳うのであれば、体面ばかりを保とうとする状況説明よりもまずは国民の身を案ずる一言があるべきではないか。朝からお騒がせして申し訳なかったと。子どもたちは怯えていませんか?大丈夫ですか?と。事態を把握していたにも関わらず国民の皆様にご心配をおかけしてしまったことは我々の力不足ですと。たった一言二言三言あるだけで彼の目線の先に何が見えているのかという印象は全く以て異なったはずだ。しかしあのとき彼の目には国民など映っていなかった。



〇想起する作品
 「不屈の男 アンブロークン」(2014)



〇こんな話
 チェ・ゲバラを想ったんだよね・・・


〇日本
 沖縄の米軍基地における議論において、

  米軍がいるから~・・・ 米軍がいなかったら~・・・

として話が独り歩きを始める様をよく目撃するが、ここには沖縄に住んでいる人たちの被害は含まれていない。

 仮に米軍が日本を守ってくれている、どこかしらの国からの侵略の防波堤になってくれているとするにしても、ではその米軍により被った沖縄の方たちの被害はどのように扱われるべきのか。必要な犠牲?尊い犠牲とでも言うのだろうか?


 戦後沖縄は日本ではない、そして沖縄に住む人間は日本人ではないからと何をしてもいいと政府が認めたそうな。その分本土における自称日本人たちは守ってくれと・・・

 要は沖縄を犠牲に本土の威厳を保ったんだ。今でもそんな意識が自称日本人の意識の根底に蔓延っている気がしてならない。形式的な返還は為されたが、未だに沖縄は遥か彼方に取り残されているのではないだろうか。



 米軍基地に原発に大いに結構。全部東京に集約すればいい。守ってくれるんだろ? 安全なんだろ? その方が指揮系統の乱れも少ないだろうし、送電ロスも無いじゃないか。電気代も下がるだろうよAHAHAHA  それができないで国民の安全を守るためだ、安全でコントロールだよう言えるわ。満員電車の緩和策に良い方法があるよ。毎日オスプレイで通勤通学すればいい。安全であるという何よりの広報だ。






〇単純に疑問
 アメリカは天皇を利用して日本の統治を図ったわけだけど、カメジローという主導者は潰そうとしたんだね。これは日本ではない沖縄という場における判断なのか、芽が出ない内に潰してしまおうとする意志があったのか。合理性を欠いていたとの証言があったけど、後々の彼の影響を考えると完全に悪手だよね。





〇最後に
 右も左もなんだか過激になってきたよね。そういう派閥ありき衝突ありきで組織も国も成り立つんだろうけど、なんだろうね・・・ お互いを見ずに罵り合ってるというか、勝手に敵を創り出して別々の敵を相手にしているというか・・・

 何を目指すべきなんだろうね。どうすればいいんだろうね。


 ではでは・・・




2017年10月26日木曜日

ハードコア(2015)

ハードコア


~体感型映画~


〇はじめに
 わたくしFPS滅茶苦茶苦手なんですよね。



〇想起する作品
 「ロボコップ」
 「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」(2002)
 「サロゲート」(2009)
 「ゴースト・イン・ザ・シェル」(2017)


〇こんな話
 ふぁーすとぱーそんしゅーてぃんぐ。

〇ピング
 ひたすらにFPS視点であり、主人公になりきるといったところがウリだろうか・・・

 しかし所々で場面が切り替わってしまうのが気になる。いつのまにかに違う場所に来ていたり、同じ場所ですら視点の切り替えが発生している。主人公の意識の有無に限らずである。これはマイナス要素ではなかろうか。

 三人称視点のアクション映画にありがちな、今どこで何が起こっているのかわからない現象。これは一人称視点ということもあり、むしろそのわからないところを開き直り、小さくは自らの死角(限定的な視野)というところに始まり、生き延びるためにはどうにかしなくてはならないとする巻き込まれ型の作品としては良い。

 しかしこの切り替えのおかげで結局は観せ物という意識が先行してしまう。流れをぶつ切る間や失敗する場面は時折映し出されており世界の繋がり(地続きであること)を途切れさせまいとする配慮は感じるが、さらにこの狭間の間が欲しい。時間やテンポの関係上移動パートはほとんど映せないのだろうけれども、やはり体感型となると地道な画があってこそだとも感じる。ほんの小さな些細なものなんだけど、編集という意思が主人公と鑑賞者との間にギャップ(ピングと言おうか)を生じさせている。故に、

 これは主人公が観た世界ではない

 これは主人公視点でありながら、主人公ではない誰かが魅せたい世界なのである

といった感覚を覚えてしまうのである。

 楽しませる・魅せるという意思の先行は映画ならではのものなわけだから別に構わないんだけどね・・・

 要はワンカットで観せる気概が欲しいのよね。



ゲーム感覚をウリにするのであれば、

 初見でノーコンできますか?

 初見でマップ理解できますか? 迷いませんか?

 初見でまずどこまでの事ができるのかと試したくなりませんか?

 死にゲーと言われるジャンルがあることを考慮しましたか?


この辺りをもう少し考慮すべきなんじゃないかな、知らんけど。







 巻き込まれるという方法で主人公と鑑賞者との同期はうまい。これから起こる出来事を主人公視点で体感してくれという意志を感じられる。しかし映画の世界における主人公と現実世界における鑑賞者との感覚に線引きをしてしまう編集という意思は正直邪魔だ。そしてこういう世界観であると理解していく、世界観に慣れていくという導入(地道さ)がこの作品には無い。自身の身体がどうなったのかというお話は為されているが、この感覚は我々には感じられないものであるが故そこまで意味を為していない。これらの解消が体感型の作品としてはこれから詰めていかなければならないところなのではなかろうか。

 ただこの作品でこのジャンルにおける方向性がある程度定まったとして功績を讃えるのもアリなのかな。




〇最後に
 あ~そうだ、鑑賞の仕方でも分かれるんだろうな。劇場の大きなスクリーンで観るのと、自宅のTVやPCの小さい画面で観るのとで。3DやVRとまだまだ道は切り開かれていくだろうから期待できるジャンルなのかな。まぁ行き過ぎると酔うからな・・・そこも難しいところだね。


 ではでは・・・


2017年10月22日日曜日

あさひなぐ(2017)



~続編希望~


〇はじめに
 猪又先輩かわいい。北原帆夏さんね。チェックちぇっくェッ~ク!! 要チェックや!!!

 西野七瀬って子は時折橋本環奈で時折小芝風花に見えるね。





〇こんな話
 とある薙刀部のお話。



〇次に期待
 汗臭さ泥臭さとは少し無縁なところに難ありではあるが・・・ 袖口と襟元の緩さがあったところは◎ 何か見えてたんじゃない???ぐへへ



 皆さん可愛らしい顔立ちの方々だったけど、もう少しキャラ立ちを工夫してほしかったかな。

 例えば部員全員でラーメンを食べるところ。団体競技であるという足並みを揃えていく過程であるとするのはわかるのだが、その中でも個性があるとして注文の違い等で差別化は図ってほしかった。大倉さんの餃子注文だけでなくほしかったね。彼女はキャラそのまんまだったけど。

 何より食べるというところをもっと映し出してほしかった。ラーメンってすすってなんぼでしょ。ゴクゴク飲んでなんぼでしょ。麺から行く派スープから行く派の派閥があったって良いし、トッピングの好みだって変わってくるでしょ。麺の固さにスープの味の濃さ、油の量とかだってあるわけじゃない。スープ飲み干す派とかさ。足繁く通っている店なら顔馴染みで好みも把握しているだろうに。そういった交流があっても良いんだよね。あと真春の補修で出ていく際は全部食べ切る勢いは欲しかったな。

 ギャグパートは時間の経過やテンポを意識してなのだろうが、キャラの個性が描けてればここまで大げさにやらんでもよかったろうに。

 ただ顧問は個人的に良かったね。原作でこんなふざけた奴だったかは覚えてないけど、優先すべき事項が全く以てハチャメチャな人物を位置づけることで部員たちが際立つし、今までの彼女たちも見えてくる。真春が顔を近づけた際に透かさずリップクリームといった細かい仕草による間合いの取り方もうまいしそのおかげで間も持つよね。

 あ~そうだ、ラーメン屋で真春が旭に抜き技を教えるシーンね。あれ割り箸が良かったな。使い捨てでなく備え付けのお箸でしょあれ。個人的にだけど印象悪いよね。


 試合に関して・・・

 面をつけるか否かでの視野の違いというところに目を向けても良かったんじゃないかな。外野で試合を応援する分には会場やコート(って言うの?)を見渡せるけれども面をつけた瞬間に視界は一気に狭まることになる。見えないことで緊張が和らぐってこともあるかもしれないが、初めての公式戦における緊張ってのは引き笑いだけでなくこういった要素でも欲しかった。会場の内と外、コートの内と外での絶対的な壁の存在。応援してくれる仲間はおれど、相手と対峙する場における孤独は振り払えない。しかし繋がってるんだよ仲間と・・・と段々と認識していく。団体戦における自分は負けても引き分けても次に繋げるという闘い方を選択するといった話がこの補足でね。

 あとは間合いに関する見せ方。マラソンやら駅伝における中継で、前方から映し出されている選手間の差と、横から映し出された選手間の差で距離間を測り損ねることがないだろうか。そういったギャップで届いた届かないみたいな観せ方ってできないもんなんかね。全くカメラワーク云々ド素人の考えだけど・・・、いややってたのかな??



 それぞれの選手の実力が測りづらいんだけど、それは外野の選手や指導者の見立てでうまく補えていたね。こういったところがスポ根作品としては欠かせないんだよね。





〇余談

 大分後にはなるんだけど、真春とジャンケンして新しく来た指導者に送り出されたところであさひが覚醒する場面が堪らないんだよね。それを描くためにも是非続編も作ってほしい。

 この作品が好きな人は安田剛志の「DAYS」の初期も好きだと思うんでね、もしよければ是非。


 あ~そうそう、最初の変質者ってのは男のナニからの薙刀を握るってなところで通じてるの?



〇最後に
 ちょっと「あさひなぐ」読み直そうっと。今何巻まで出てるんだろ。


 ではでは・・・


ボブという名の猫 幸せのハイタッチ(2016)

字幕翻訳:横井和子



~ご本人ご本猫~


〇はじめに
 ラストのサイン会。ジェームズの「感想は?」との問いにとある男が「僕の人生そのものさ」との返しに違和感。ご本人でしたかぁ~…ほっこりした。



〇想起する作品
 「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013)
 「ロスト・イン・マンハッタン」(2014)



〇こんな話
 猫とハイタッチ!!



〇ご本人ご本猫が登場
 ロンドンの街並みを路面清掃車が横切っていく。今当にゴミが掻き分けられたような道端に座り弾き語る男。たったこれだけでジェームズという男の立ち位置を認識できる。そんな男の再起の物語。

 猫の表情がひたすらに画面いっぱいに映し出されるのだが、それが何とも愛おしく映える。それも彼らの何かを捉えているだろう視線の先を映し出しているからだろう。ゴロゴロと喉を鳴らす音がまた安心する。

 彼らの目線の高さから見える景色を観せているのもうまい。彼らの世界は人間から見れば足元ばかりの世界であり、見上げなければ人間の顔の判別などできない。しかし彼らの目線だからこそ気付ける世界もある。

 そして動くものへの執着。ネズミとの件は遊びの部分なのかもしれないが、これもまたネズミの目線(世界)というものがあることの示唆であるともとれる。猫が入れない世界もまた存在している。

 ジェームズという男の再生の物語ではあるのだが、彼の立ち直りというところの違った世界がある新しい世界があるという兆しを猫の視線目線というところで巧みに映し出している。ジェームズの肩に乗ってからは同じ目線になっているという変化も見逃せない。

 彼を支える周囲の人間に最初冷たさを覚えるのだが、それも彼のためであるという優しさがラストへ向けて段々と滲み出てくるのがほんとに堪らない。

 


〇単純に疑問
 なんかお尻周りの肉付きがメスの感じの猫がいたから気になったんだけど・・・ボブが全部出てたわけではないんだよね?? ボブ役を演じていた別の猫がいたんだよね?? エンドロールにて複数の名前を確認はしたんだけど。いや別にどうであっても構わないんだけど。



〇余談
 ロンドンの野良猫事情がどうのってな話が病院にて為されるけれど…たくさんいるではなく、全くいないという話なのね。

 犬が何とも憎たらしく描かれているが、リードをつけて散歩するというのは犬にとっては何ら珍しくなくという、ボブとの対比でね。

 防犯カメラが功を奏したという主旨の件があったけど、監視社会がこうやって機能するのであれば擁護できるよね。




〇最後に
 ものすごくお行儀の良い猫だね。いちいち惑わされない乱されないところがさ。私も見習わなきゃな。その前にボブ探しに行こうっと。


 ではでは・・・




2017年10月19日木曜日

新クライモリ デッド・フィーバー(2013)

新クライモリ デッド・フィーバー


~Wrong Turn~


〇はじめに
 タイトルを「クライモリ」と関連付けたいのはわかる。





〇想起する作品
 「サランドラ」シリーズ
 「ヒッチャー」シリーズ
 「クライモリ」シリーズ
 「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」(2013)
   ・・・これが近いと想ったんだけどどうだろ??


〇こんな話
 ホテル行こうぜ!!




〇Wrong Turn
 ホテルという目的地をひたすらに目指している男女2人。基本一本道であるが分かれ道になると案内板が顔を出す。その案内板に従うものの一向に目的地には辿り着かない。

 一本道(敷かれたレール的な?)というものをベースに、案内人、地図、案内板、カーナビ(GPS)・・・と彼らはその都度選択を迫られ何かしらに従うことで目的地を目指した。しかしただひたすらに森を彷徨うばかり。

 誰かしらの企みによるものであると男がパブで起こしただろう諍いに原因を見出すわけであるが、これは分かれ道においてどちらかを選択したようにその都度あった分岐の示唆だろう。

 もし男の誘いに乗らなかったら? 音楽フェスに行かなかったら・・・?

 ホテルではなく友達のところ(キャンプ)に行っていたら・・・?

 パブに寄らなかったら・・・?




 ホテルという目的地にある種救いを見出していたからなわけだが、

 知らない土地で何かに従わざるをえない状況であるが故に、ズルズルずるずると逃げられない状況に追い込まれていっているだろう様は不安を煽られる。もしあのときに逆のことをしていればとする後悔と、もっと早くに事態に気付いていれば決断していればという焦りがより判断力を鈍らせ悪化の一途を辿る。

 そして辿り着くは目的地事態が存在しないというもの。彼らが見出していた救いなんてものは端から無かった。ここまで来たらあとは一本道。分岐なんてものは…と思うのだが、この作品はまたもや1つの目的地あるいは終点を指し示さないで終わる。


 どういうこと??


 結局分岐ってところにオトしたのかな。あのままいったら犯人は轢き殺されるわけだけど、あそこで締めてしまえば犯人が生きている状態と死んでいる状態は共存しているわけでね。






〇余談
 ずっとガソリン無いんだよね。でも走り続ける。これって何かの暗示なの?






〇最後に
 ようわからんわも~う・・・ 意味深とかそんなんいらんねん。


 ではでは・・・

2017年10月18日水曜日

神の一手(2014)

神の一手


~容姿端麗文武両道


〇はじめに
 囲碁って結局はただの陣取りゲームだからな。将棋とかだったら駒の取り合いで敵が味方に味方が敵にと盤外戦との兼ね合いもあってよりおもしろかったんじゃないかな。でも囲碁より単調だったりするのか??



〇想起する作品
 「嘘食い」
 「カイジ」



〇こんな話
 韓国では囲碁がとても盛んです。





〇対局と大局
 プロ棋士の対面した人間同士が打つ囲碁というものを見せた後、打つ者とその裏で取り仕切る者とを隔てる賭け碁を印象付けている。碁は盤上におけるひたすらな先の読み合いなわけだが、プロ棋士の対面する者だけを相手取る場合と違い、賭け碁においては盤外戦を強いられることになる。ここに個性派キャラクターの数々とアクションを持ってきたことでただの頭脳戦ではなく・・・として復讐劇という名のエンタメ作品に仕上がっている。



 その人物の実力を推し量る指標が囲碁というものだが、そのジャンルに精通していないとやはり厳しいものがある。棋力といった目に見える指標や序列が描かれていないが故に、これから対峙していくだろう人間との実力の比較が難しい。復讐劇における下っ端を倒していきながら徐々に徐々に大ボスに近づいていくという楽しみが半減している。

 いや、あまり囲碁を事細かに描こうともしてないのかな。「~石」といった囲碁における用語が時折挿まれるが、そういった大まかな流れの示唆が狙いなのかもしれない。劇中の個々の対局を通して作品の流れという大局を見る(作る)べきか。

 それに対局を通して見えないところで通ずるものがあるとして人間ドラマを掘り下げているが故、どこか胸を熱くするものがある。それこそがむしろ描きたいところなのかな。






〇最後に
 神の一手なんて無い。地道に頑張りましょっ! とのことです。

 ではでは・・・


2017年10月11日水曜日

ザ・ゲート(1987)

ザ・ゲート


~通過儀礼~



〇はじめに
 お姉ちゃんやさしい(*´ω`*)





〇こんな話



















〇通過儀礼
 とある出来事を通した少年の成長譚であり、通過儀礼的作品だよね。「スタンド・バイ・ミー」とか「グーニーズ」の系譜。

 悪魔復活までには段階的な儀式(というか予兆というか)というものがあるわけだけど、少年が大人の階段を登っていくつまりは何かしらの良いことも悪いことも含めた初めて(経験)を積み重ねていくという工程と照らし合わせているわけで。


 雷の卵だったり、一番は穴というのが1つ何かしらの象徴としてあるのだろう。しかし私がハマってしまったのがロケットの存在。打ち上げるというのが当にそうなんだけど、何より少年が手にするロケットが段々と大きくなっていくのよね。








































 ①と②はあまり変わらないかもしれないけれど、①は発射せず②は発射するのよね。で、③は大きくして発射。


 最後悪魔目がけて打つロケットなんて発射寸前のいきり立つナニかのように立派に聳え立っている。





 さらにうまかったのがこの成長ってのは子どもから単に大人になるということだけでなく、その先には死というものが待ち受けていることを意図してかせずか暗示しているようにも想えるところ。初めての留守番ってのは独り立ちともとれるけれど別れともとれるよね。そして愛犬の死に、友人の死、姉の死・・・ いずれは訪れるもの・・・




〇最後に
 「トータル・リコール」とかそうなんだけどさ、当時最新鋭を誇った映像技術が今となっては何とも古臭いという感じに堪らないものがあるんだよね。発掘良品たくさん出ているようだから掘り下げていこうかな。


 ではでは・・・


2017年10月8日日曜日

ザ・ギフト(2015)

ザ・ギフト


~そういう奴~

〇はじめに
 以前は戦う女シリーズみたいなものが流行ったけど、あ~いった類の作品の新しい観せ方になるんじゃないかなこれは。



〇想起する作品
 「イナフ」(2002)
 「ハイ・クライムズ」(2002)
 「アブノーマル・ウォッチャー」(2015)
 「造られた殺人」(2015)




〇こんな話
 全く興奮しないNTRモノ。



〇GIFT
 “ギフト”という響きでどんな事を思い浮かべるだろうか?

 誰かのためにわざわざ贈り物をしたいと思ってくれたものならどんなものであろうと悪い気はしないだろう。そしてその贈り物には何かしらメッセージが込められているもの。その想いとは裏腹に…となることも少なからずあるが、マイナスな感情ばかり先行はしないものだ。

 この誰もが想像しているようなプレゼント(贈り物)というものへの良いイメージありきで、実はそれに込められたメッセージが…として良き夫良き夫婦であるというイメージを徐々に徐々に逆転させていく展開はいろいろとモヤモヤする。




 “ギフト”ってのはゴードからの復讐と、究極は授かるモノつまりは赤ちゃん(子宝)ってところに掛かってるのね。このオトしどころは観ていてさすがに辛かったな。

 どちらの赤ちゃんなのかはわからないが、まぁ結末としてはどちらでも構わないんだよね。サイモンがゴードへとした仕打ちの復讐として機能すれば。後々検査すればはっきりするだろうけどそれをしたら確定してしまうわけで。明暗はっきりさせるに越したことはないかもしれないが、最悪な事態を想定するならばただただ先延ばしを選択し希望と絶望が混在している方がまだマシ。でも子どもの頃から変わらないサイモンという男の性格故にってな複雑な感情があるわけで。

 でももう彼には失うものなんてない状況まで来てるわけだよね。いやそれを繋ぎとめる最終段階と言った方良いのか。それ故の…なのかな。



 "過去は水に流す"

 "君が過去を忘れても過去は君を忘れない"

 "悪いことがあってこそ良いことに気付く"

 "悪い出来事も贈り物になる"

 ゴードの何を考えているのかわからない姿勢が終始不気味だし、サイモンは因果応報というか自業自得というか復讐されて当然とも思える。でもロビンに語った「いい人にはいいことがないと」という言葉を私は信じたい。



 この“いい人というのがまた誰なのかとか、“いい”って何よってな話もあるんだけどね・・・





〇疑念
 ロビンという女性はどう観るべきなんだろうな。サイモンだけが苦しむ絵面だと理解したけど、ゴードの子種だったら長期的に見ればロビンも苦しむことになるよね。それをできないとしてサイモンは位置付けられているのかどうなのか。流産という経験があるから今回の出産は単にいいこととして開き直れるといったこともあるのか? この辺りの曖昧さがまたモヤモヤするんだけど、まぁこれも狙いなんだろうね。




〇最後に
 何だろうねぇ~モヤモヤするなぁ~・・・


 ではでは・・・




悪女 AKUJO(2017)

~アクションは爽快~ 〇はじめに  韓国ではこの方はイケメンの部類なの? 〇想起する作品  「ニキータ」  「アンダーワールド」(2003)  「KITE」(2014)  「ハードコア」(2016)  「レッド・スパロー」(2018)...