~ご本人ご本猫~
〇はじめに
ラストのサイン会。ジェームズの「感想は?」との問いにとある男が「僕の人生そのものさ」との返しに違和感。ご本人でしたかぁ~…ほっこりした。
〇想起する作品
「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013)
「ロスト・イン・マンハッタン」(2014)
〇こんな話
猫とハイタッチ!!
〇ご本人ご本猫が登場
ロンドンの街並みを路面清掃車が横切っていく。今当にゴミが掻き分けられたような道端に座り弾き語る男。たったこれだけでジェームズという男の立ち位置を認識できる。そんな男の再起の物語。
猫の表情がひたすらに画面いっぱいに映し出されるのだが、それが何とも愛おしく映える。それも彼らの何かを捉えているだろう視線の先を映し出しているからだろう。ゴロゴロと喉を鳴らす音がまた安心する。
彼らの目線の高さから見える景色を観せているのもうまい。彼らの世界は人間から見れば足元ばかりの世界であり、見上げなければ人間の顔の判別などできない。しかし彼らの目線だからこそ気付ける世界もある。
そして動くものへの執着。ネズミとの件は遊びの部分なのかもしれないが、これもまたネズミの目線(世界)というものがあることの示唆であるともとれる。猫が入れない世界もまた存在している。
ジェームズという男の再生の物語ではあるのだが、彼の立ち直りというところの違った世界がある新しい世界があるという兆しを猫の視線目線というところで巧みに映し出している。ジェームズの肩に乗ってからは同じ目線になっているという変化も見逃せない。
彼を支える周囲の人間に最初冷たさを覚えるのだが、それも彼のためであるという優しさがラストへ向けて段々と滲み出てくるのがほんとに堪らない。
〇単純に疑問
なんかお尻周りの肉付きがメスの感じの猫がいたから気になったんだけど・・・ボブが全部出てたわけではないんだよね?? ボブ役を演じていた別の猫がいたんだよね?? エンドロールにて複数の名前を確認はしたんだけど。いや別にどうであっても構わないんだけど。
〇余談
ロンドンの野良猫事情がどうのってな話が病院にて為されるけれど…たくさんいるではなく、全くいないという話なのね。
犬が何とも憎たらしく描かれているが、リードをつけて散歩するというのは犬にとっては何ら珍しくなくという、ボブとの対比でね。
防犯カメラが功を奏したという主旨の件があったけど、監視社会がこうやって機能するのであれば擁護できるよね。
〇最後に
ものすごくお行儀の良い猫だね。いちいち惑わされない乱されないところがさ。私も見習わなきゃな。その前にボブ探しに行こうっと。
ではでは・・・
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