2017年12月13日水曜日

L project(2008)

L project


~人は変えられるか~



〇はじめに
 誰でも過ちは犯すモノ。


〇想起する作品
 「時計じかけのオレンジ」(1971)
 「プロフェシー」(2002)
 「インプット-記憶-」(2003)
 「Re:プレイ」(2003)
 「コントロール」(2004)
 「シャッターアイランド」(2010)
 「クライム・スピード」(2014)
 「セルフレス 覚醒した記憶」(2015)

 「ウェイワード・パインズ



〇こんな話
 正しい選択とは如何様に判断できるものなのか・・・


 


〇わざとではない
 前科はあるが仕事ぶりは至って真面目で家族思い。しかし昇進の話を受け彼の過去が明るみになったことで、それを良く想わない人間により解雇されてしまう。家族とのこれからを見据えていた矢先のことである。ベンは再び犯罪に手を染めることを決断する。

 予期せぬ事態にて人を死なせてしまうわけだが、実際問題彼は撃っていない、殺していない。しかし彼が犯罪を犯したことは間違いない事実であり、現場に居合わせていたという状況証拠で彼が殺人の罪で刑に処せられることになる。



 彼自身どうあろうと、周りに彼という人を評価している者がいようと、ただ紙面上の経歴だけで判断が為される場合がある。イメージというものが付きまとう実情、直接的に人を見るよりもその人間を飾りたてる経歴に想いが向いてしまうのは止むを得ない。人を如何様に判断し接していくべきなのか・・・ わざとではなくとも過ちは犯してしまうもの。

 仕事ぶりにおける彼という実際を目の当たりにした評価と、傍から見た紙面上だけの経歴による評価。

 盗みには入ったものの人は殺しておらず、しかし強盗という犯罪を犯したことは事実であり前科もある。ただ家族のために犯罪を犯さざるをえなかったという境遇もある。

 彼という人間のどこをどう見てどう判断するのか?

 人は他人(ひと)をどう判断しているのか・・・


 彼という存在を見つめる中で、終盤の医師の説明でも辻褄が合うと観せたのはうまい。我々第三者は彼に寄り添うカタチで彼という存在を評価していたわけだが、彼自身の記憶が曖昧であり観せられたものが事実ではなく改変された記憶であったら?と疑念を抱かせる。彼を信用する側からだけのアプローチだったところに、彼を信用することができない立場の側からもアプローチすることができる。

 彼の内情を知ったことである種同情を誘われるが、おそらく普段であれば、日常生活おいては、立たされる立場は圧倒的に後者だろう。前科者をどこまで信用できるのか・・・




 彼はそもそも更生の余地ありだった。いや真面目に仕事をし家族を愛していた。立派に更生を果たしたと言える。ではそんな彼を再び犯罪に奔らせたのは一体何だったのか。そして行われようとしている更生とはどんなものだっただろうか。


 過去を忘れ正しい選択をしろと時折諭される。では正しいとはどのように判断が為されるものなのか。何を以て正しいと判断できるのか。一面的な情報だけで判断できるものだろうか。選択していいものだろうか。

 全て過去があっての、歴史があってのことではないか。人間は何が正しく何が間違っているのかという振り分けをひたすらに行い指標を作ってきた。さらにそれをベースにケースバイケースで判断してきた。何が正しいという一面的な植え付けではなく、この正と悪の振り分け及び判断能力こそが真に求められるべきもののはずである。

 しかし行われようとしていた更生とは犯罪者(前科者)を一切信用することなく、この更生方法が絶対的に正しいのだとする一方的な価値観の押し付けであった。過去を忘れ新しい人生を創り出すのだと。過去を忘れるということは過ちを忘れる、つまりは罪の意識さえも取り払うことになる。自分の罪と向き合わせることなく更生などできようか。

 この犯罪者を一様に扱う姿勢こそが何よりも問題なのではないか。再び犯罪へと駆り立ててしまう1つの要因ではないのか。更生させようとする者たちに、ベンを再び犯罪へと向かわせた人間と同じモノを見ることになる。



 人は変わることができるか?



 仮に人が変わることができるとしてそれは本人が変わったのかそれとも周りの人間が変わったのか・・・

 仮に人が変わらないとしてそれは本人が変わらないのか、はたまたその周りの人間が変わることを拒むのか。




 こんなご時世に・・・との会話。通行人が事故ったトラックの運転手を助けてくれたと。見ず知らずの人間が見ず知らずの人間を助ける。そこに深い理由は無い。ただ困っているから助けるだけだ。

 人が変わる人を変える可能性があるとしたらここなんだろうね・・・

 しかし良くも悪くも人は独りじゃ変われない。比較対象が無ければ、そしてその変化を実感する人がいなければ・・・ 人との深い関わりが重要になってくる。


 でも他人をどこまで信用できるよ・・・??




〇疑念
 ラストのこれはどう捉えるべきなのだろうね・・・




 最初に彼ら家族が思い描いていた夢・理想が実現しているわけだよね。それにも関わらず何故娘は眠っているのか。これは現実かはたまた誰かが見ている夢か・・・

 「どうしてすぐに寝る時間になっちゃうの?」という最初の娘の台詞との兼ね合いもあろうが、この作品のどこをどう見てどのように判断するかってな話もあるのではなかろうか。





〇最後に
 他人って見えない部分がほとんどだからね。難しいね。


 ではでは・・・



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