2016年9月28日水曜日

青空エール(2016)



~世代間ギャップ~


〇はじめに
 夢見ていることがある人、今何かに夢中になっていることがある人。そんな人たちがこの作品を観て「よし、頑張るぞ」と思えればいいんじゃないかな。その時代を過ぎてしまった人が、何かをあきらめた、どこか世界に妥協している人がこの作品に振り向くかどうかは難しいところ。

 土屋太鳳にこういう役は向いとらんと思うのだがな~・・・  このわざとらしさを突く場面はあるのだけれども、これが図星であってはダメなのよね・・・

〇想起する作品
 「タッチ」

 「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声」(2014)
 「心が叫びたがってるんだ」(2015)
 「桜ノ雨」(2015)
 
世代間ギャップがうまいのが以下2作品

 「ダイヤのA」
 「ハイキュー!!」




〇こんな話
 吹奏楽部の女の子と野球部の男の子のお話。


〇世代間ギャップ
 先輩後輩という世代間による懸ける想いのギャップを描こうとしている分ダイジェストで済ますところとフォーカスを当てるところとのバランスが非常に悪いと感じる。結局常に2人が主人公という冷めた目でしか観られない。明確には結果の描かれ方ってなところだが、主人公2人とモブキャラの境界線はもっと曖昧にしないとこの描き方はいただけない。

 誰もが主人公であるってな考え方は割と好きだ。しかし常に主人公かどうなのかってなところは分かれるところで。時に引き立て役に、モブキャラに徹しなければならないときがあったりなかったり。

 これの補完として1年次と3年次が対比して描かれるわけであるが、2年次を素っ飛ばしておりここの補完が一切無い。いや一応はあるがOG訪問だけでは弱い。志田未来はかわいい。初々しい先輩の後ろ盾ありきの1年生というプレッシャーと、頼りがいのあるベテランの貫禄すら見え始める3年生ならではの苦悩というところを比較させたいのはわかる。しかしここで描かれるべきは(というより個人的に描いて欲しいのは)、あの1年生がどうして1年生の頃に憧れた3年生になれたのかという成長譚の部分なのである。

ざっくりと・・・

主人公目線で・・・

 ・1年が視点 1年 → 3年 憧れ

 ・3年が視点 3年 → 1年 苦悩 / 元3年(先輩) → 3年 フォロー

 ・3年が視点 1年 → 3年 憧れ
  →この部分をもう少し頑張って描いて欲しい


 この描かれ方でやっと補完されるのである。先輩後輩という関係性が。誰もが辿ってきたであろう道が。平祐奈も可愛いし頑張ってるんだけどね、弱いんだよね・・・ 憧れってところを恋愛要素とダブらせてるのも少々気にかかる。ここの複雑な感情を鮮明に描けるとグンと良くなるんだけどな~。

 土屋太鳳の方で後輩メンバー入りの件があるにはあるのだが、そのあとその子メンバー落ちしてるんだよな~確か。この辺りが雑というか、責めてフォローを入れないと。先輩と後輩どちらのアプローチでも構わない。先輩にお礼を言いに来た件があったのだから、先輩に逆に激励に言ったって良い。潔さと言えば聞こえは良いが、綺麗事ととられることを気にしたのか、それとも一切考えなかったのか。私はこの辺のフォローが為されないと意図がくみ取れないほどの馬鹿であるので困る。あの1年だった3年が憧れられているという実感が欲しいのよ(切実)。


 2年次の苦悩が描かれないだけに3年次の悩みを観せられたところで今さらそれ言ってるのかよとしか思えない節がある。違いを見せたいのはわかる。移り変わりを見せたいのはわかる。しかしこれはただの間違い探しであってはいけない。一連の工程を、1年~3年という段階を踏まえた上で初めてギャップを見せなければ。私たちも最初は1年だったんだよねというものを感じさせないと。


 映画という尺でどうやってまとめるのかといった意気込みは買える作りだとは思う。しかし何とも勿体無い作品だった。


  


〇最後に
 「小野ならヤレると思った」
 「私はスタンド・・・、大輔君は立ってる」

 ・・・この辺の台詞を下心(下ネタ)として捉えてしまう人には厳しいよ。

 まぁしかし青春ものとしては実に清々しい作品ではあった。


 ではでは・・・


0 件のコメント:

コメントを投稿

悪女 AKUJO(2017)

~アクションは爽快~ 〇はじめに  韓国ではこの方はイケメンの部類なの? 〇想起する作品  「ニキータ」  「アンダーワールド」(2003)  「KITE」(2014)  「ハードコア」(2016)  「レッド・スパロー」(2018)...