字幕翻訳:高内朝子
~反転~
〇はじめに
ワトソンがいればもっと良くなると思う。
・・・それはホームズです。いいえハリー・ポッターです。
「バタフライ・エフェクト」(2003)
「テラビシアにかける橋」(2007)
「オッド・トーマス」(2013)
〇謎解き
サスペンス要素を強調し過ぎている気がする。登場人物における証言が嘘か真かというところを角に関連させることがテーマであるわけだが、サスペンスの観せ方としては物足りなすぎる。いや、わざとそちらを先に解決させたかったのかもしれない。
角が見えるか否かで主人公が1つの仮説を立てる。見えない者は善人だと。多くの悪人の中に1人だけ主人公が善人と呼ぶ人物がいてはね。そして唯一主人公を擁護する者の存在。謎解き要素を深めるなら、ここをもう少し練らないと。物語全体を眺めればそうせざるを得なかったであろうことはわかる。天使と悪魔ネタ。彼女という存在の位置づけにはベストな描き方なのかもしれない(でも最後羽が生えた時、アボンってなったわ)。う~む。
別れを切り出す理由も母親の癌というキーワードを先に出してしまってるからな。どうせなら自殺にすれば良かった。いや、キリスト教において自殺はご法度だったか? 自殺なのに、勝手に他人への恨み辛みを増幅させていく人間たちを描いてみてもおもしろいのではなかろうか。そんな話があったような無かったような。
〇反転
最初の二人の仲睦まじい世界からの反転にはじまり、この作品は対になるものをところかしこに描いてくる。これは何を意味していたのか。
最後二人の世界の画に戻ってくるわけだが、天国だかなんとか。じゃあ、現実世界は地獄ですかと。 そして二人のカタチが勾玉を模しているのか。69ですか。男と女という正反対の生き物。物語として重要な嘘か真か。そして天使と悪魔。さらにリーがイグを水の中から救い出す(子ども時代・童貞)、火によって命を奪おうとする(大人時代・非童貞)。過去回想によって、関係性を明らかにしていくのも、現在と過去という対比か。
・・・究極何なんでしょう? 性と死、とか死と再生みたいな?? 蛇をひたすらに印象付けているので、そんな感じでしょう。
男と女という関係を、真実を語ることでほぼ確実にセックスと結びつけてくる。それと暴力か。セックスと暴力こそが人間における本質であり、真実であると。
二人もセックスをし、暴力により命を落とすことになる。セックスが生と性、暴力が死的な感じでしょうか。
悪魔も最初から悪魔だったわけではないということも語られる。何かしらが原因で悪魔にならざるをえなかった。彼は復讐のために悪魔となった。赦しを得るチャンスを与えたが、反省がみられなかった相手にだ。そこでわざわざ天使の羽を生やしてから、悪魔と化すのである。
この辺りの対を為すものたちのつながりをどう理解していいのかがものすごくわからない。人間の本能、本質であるセックスと暴力を描き出す中の、イグとメリンの関係に目を向けさせたいのか。本能(エゴ)や快楽に忠実な者たちの中で、自己犠牲精神を強調することで、真実の愛とは何なのだろうかと・・・
〇最後に
「ダニエル・ラドクリフ」=「ハリー・ポッター」
というイメージを脱却できない。なぜ蛇を絡めたのか。いやお話的には絡める必要があるので、なぜ蛇が印象的な作品で彼を使ったのかと言った方が良いか。今後の路線が気になるところ。
0 件のコメント:
コメントを投稿