~子殺しのパラドクス~
〇はじめに
あ、スカリーだ。
〇想起する作品
「12モンキーズ」(1995)
「タイムコップ2」(2003)
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(2011)
「LOOPER」(2012)
「プリデスティネーション」(2014)
〇こんな話
父への想いは時空を超える。
〇子殺しのパラドクス
タイムパラドクスの中で親殺しのパラドクスというものがある。子どもが時間を遡ることで親を殺せるのか。しかしその子どもは殺そうとする親から生まれてくるわけで、その親を殺したらその子どもは生まれていないということになり、しかし殺せないならその親は生きているわけだから殺そうとする子どもは生まれる。
これって本来祖父のパラドクスって言うのね・・・へぇ~ もう一個挿むのか。そうすると合点が行く。
序盤は妻が夫を追いかけた(捜索した)。そこで協力してくれた存在は頼るべきところは父親(祖父)だった。メインとなるところは息子が父親を追いかけるというものだが、ここにも祖父が大きな存在としてある。
しかし家族というものにおいて誰かしらが代わりの役を買って出ようとその埋め合わせはできない。祖父(父親)が母親(娘)を、息子が母親を支えようとも父親(夫)がいなくなったことを母親は克服できなかった。息子にとっての父親という存在もまたそれはそれは大きなものであり、幸せだったはずの彼女との生活にもまた不幸が忍び寄る。それほどまでに父親という存在は、家族という存在は大きなものなのだと。そしてラストの息子の決断である。
この作品は親殺しのパラドクスという家族という繋がりからタイムパラドクスへのアプローチとは逆説的に、子を殺すことでタイムパラドクスから家族という繋がりを説こうと試みている。
〇最後に
タイムトラベルは最終的な手段であるわけだが、どうもこの邦題はタイムトラベルしてなんぼやという雰囲気を醸し出しており作品のテーマとは異にしている気がするが、まぁ私もこのタイトルでなければ手を出さなかったなと思えば功を奏しているのだろう、複雑だ。
ではでは・・・
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