~弱き心~
〇はじめに
マルコの福音書5章9節のレギオンの件は何が言いたいの??
〇想起する作品
「X-MEN」
〇こんな話
処女5体を生贄に、降臨せよ! エリザベエエエエエエエエエエエエエス!!
〇父と子
エリザベスは言う、闇があるから光は明るさを増す・・・と。
これは神と悪魔の表裏一体の関係に焦点を当てたいのではなかろうか。
神学校における神父と学生。神父はエリザベスという学生を何かと気に掛けている様で、エリザベスの方もまた神父を慕い申している。
エリザベスは一見敬虔な信者であるかの様にも映るのだが・・・
この添えられた手・・・
そしてそれに応える手・・・
これは神父と学生の関係を越えたモノのように映る。
エリザベスの信仰にどこか揺らぎを感じなかったか?
そして神父…神に仕える身でありながらの所業も相まって、人間の心の弱さに想いが行く。
アレックスという少女が父親に連れてこられる場面から始まるが、神父もfatherという呼称である。そして蘇ったエリザベスはラストdaddy(父親)と再会を果たすことになる。父(神)と子(信者)の関係を謳いたいのは確かだろう。
いや娘ってところがポイントだったりするのかな??・・・まぁいいや。
集められた5人の少女処女は他の者たちには無い秘められし力…言わばギフトを持ちながらも家族から社会から疎まれてきた者たちである。それぞれに居場所を亡くし、この学校に辿り着いた…いや追いやられた者たち。
彼女らは神(イエス)によって祓われたレギオンか、それとも村人に追いやられた神(イエス)か?
いや、レギオンを祓った事実から見る、何千匹もの豚を殺された村人とレギオンに取り憑かれていた者とでの神の見方見え方の違いの方か・・・
かつては敬虔な信者であっただろう姉が妹のためにと自ら望んで悪魔と契約しようとする様に、盲目の少女が自らの目で世界を見たいとする欲求に…と象徴される人間の業。各々疎外感を感じておりダークサイドに堕ちる兆しはそこかしこにあった。
人間の心の弱さ故の悪魔の付け入る余地を際立てたことで、神は確かに人々に寄り添うかもしれないが、悪魔もまた近くで我々に語り掛けている事を浮き彫りにしようとしている。
・・・のだろうか?
男でこの瞳に耐えられますか?って話ですよ。
ん~無理!!
〇最後に
何なんだろうね? 根付いているモノが違うからな国と文化で。わかる人にはわかるんかね。
ではでは・・・
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