2014年6月21日土曜日

光る眼(1995)

光る眼[DVD]



目は心を映す窓 

〇はじめに
 この映画は、子供は大人に人生を左右、操作、制限されているということへの皮肉なのだろうか。 

〇想起する作品
 「アンドロメダ病原体」
 「フラッシュフォワード」
 「ダークシティ」 

〇こんな話
 ある日村の人々が皆失神する。この同時多発失神により胎児に影響が出ると村の人たちは不安視するが、政府は出産をした家庭には資金援助をすると申し出る。そして同時多発出産。それにより生まれた子供たちが大人を操り始め、邪魔となる者たちを排除していく。感情が無いからこそできる残酷な所業の数々。それを共感することを覚えさせ、人間性を築いていこうとする。 はてさて・・・。

〇デビット(主人公的位置の子供で男) 
 子供たちは集団行動で男女ペアなのに、一人だけ一番後ろでぼっち。一人死産したな、そういえば。それが女だったのか。やはり一人だけ別行動を開始する。予想通り。男女ペアで完全、いや完結するシステムなのか。よかった、ちゃんと台詞でも回収された。 

〇生存・存続 
 大人は言う。共生、共存のために感情が鍵となると。 

 子供たちは言う。所詮この世は弱肉強食、支配する者とされる者の二者しかいない。その二者による共存・共生は支配により可能だと。 

 大人の言う感情が無いことによる生命の破滅の原因が明確化されていないが、考えるに感情が無いということは生死に対しての恐怖及びその他の感情が無いということになり、将来的に待ってるのは破滅だけだ、ということになるのだろうか。つまり、なぜ我々は生きているのだろうか、という問いに意味や価値を見いだせない。生存理由を見いだせないということは死んでいるも同じ。適応こそが生き残る道。生き残る方法を模索することが感情に起因するということか。だからこそ生存を可能とする。共存・共生を可能とする。
これは支配階級による独裁体制は長続きしない、ということからくるものなのだろうか。

〇目は心を映す窓 
 この目を見て人を操ると言うのは、人間ならではで、人間同士が相対する場合、人は人の目を見て話すことを重要視する。実際は目と目を合わすことに恥ずかしさや緊張があるため、常に見ているわけではないが、あなたに話を伝えている、あなたの話を聞いている、という意味でちょくちょく見なければならない(強制ではないが)。目(顔や体も)の向きは話を伝える、聞く対象への一つの根拠となる。 故に大人たちは子供たちの目を見てしまう。目が合うことが子供たちには操る上での必須条件であるので、思うつぼ。

〇余談 
 博士の吹替えの声がXファイルのスカリーのものなのだが・・・。途中明らかになるエイリアンの存在。ここで納得する。な~るほど、暗示してたわけねと勝手に解釈する。 

 能力の範囲をもっと明らかにしてほしかったというのもある。終盤は目を見なくても操っていたし、距離感遠かったし・・・。そもそも目が合うことが能力に左右するということでなかったかもしれない?

〇最後に
 心を読む方法があるのだから、遮る方法もある。ある男はそれにより子供たちを出し抜く。人間は普通であれば自分の心を隠すのに、ここまでの努力は必要としない。目的は様々だが嘘をつくことが可能だ。まだ進化の過程であるかもしれないが、人間は言語というものが発達した。これにより100%の相互理解は不可能となった。しかしそんなコミュニケーションから生まれる溝を埋めていくことが、人と人とのつながりを生む。大人たちの言う共生・共存につながる。そして争いを生むこともまた事実。なんというか、我々には選択する余地が与えられているのだ。承認・拒絶、平和・戦争・・・云々かんぬん。争いが無いに越したことはない。いつでもどこでも平和を求める。しかし様々な事象があってこそ、それぞれに関連してある事象に対し意味が生まれる、意味を見出すことができる。幸か不幸かはわからないが。

 心が読めないからこそおもしろい、人間という者は。
 

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