2016年5月10日火曜日

緑はよみがえる(2014)

字幕翻訳:鈴木昭裕

~見えない~


〇はじめに
 最初に外の広大な景色を、自由に動き回る動物たちを観せておくことで、塹壕内の画が利いてくる。

〇想起する作品
 「戦火の馬」(2011)



〇こんな話
 時は第一次大戦、とある戦場、とある塹壕。


〇罪
 中尉が言う、「人が人を赦せなければ、人間とは何なのか?」

 羊飼いが締める、「いずれこの地には緑がよみがえり、ここで起きたことは信じなくなる(忘れられる)」

 この両者を鑑みてみると何とも虚しく余韻を残す。


 戦争という忘れてはならない過ちをどこかで正さねばならない。繰り返してはならない。止めなければならない。そのためにも赦さなければならない。

 しかし人が人を赦すということ。これに一番貢献しているものは何なのか・・・ 忘却なのである。

 赦すとは罪が消えることではない。罪が薄れることなのだ。罪の意識が、薄れることなのだ。そして何より神が赦すのではない。人が人を赦すのである。


 戦争はなぜ繰り返されるのか。第一次世界大戦にて戦勝国であったイタリアで、なぜこのような作品が撮られたのか。


 忘れてはならない歴史がある。戦争の歴史が、罪が消えることは決して無い。しかしその記憶は薄れていく。正確には罪の意識が薄れていく。その罪の記憶がそのまま受け継がれることは決してない。何かしらの変化がもたらされ、伝えられていく。我々はどう受け止めていけば良いのだろうか・・・
―――――
 ざっくりとだが、生まれながらに~等は別にして、罪というのは加害者と被害者といったある間に生まれるもので。ここがまた何とも面倒くさく複雑になるわけだが。「ブロークン・アイデンティティ」にて少し議論したのだが。とある罪を犯したとして、その罪を認識する者がいなくなったら、それは罪ではなくなるのか?と。

 もう少し細かく見るのならば、その罪を実際に体験した者がいなくなったらその罪はどうなるのかと。当事者がいなくなったら。

 記録として残っているだろうと。では、記録として残っていない時代に起きた私怨による何かしらの事件での誰かの罪はどのように認識されているのだろうか。

 仮に記録として残っていて、その記録の1つでも必ず誰かが記憶しているのだろうかと。忘れ去られている事件が、ただ記録として埋まっているものがあるのではなかろうか。

 長くなるので、罪と記憶に関してはまた別にどこかで・・・
―――――



 逆に濃くなっていく場合もある。これこそがまた問題なのであるが。受け継がれない歴史がある。それ故に、その真実を知ったとき思い出すことがある。そのときの感情はほぼ一貫している。「怒り」なのである。なぜか、被害者感情が先行するからである。伝えられている歴史は戦争という加害であり、我々への被害であるからだ。我々の加害は含まれていない。いや含まれているとする思考にまで辿りつかないのである。

 岩波ホールにてポストイットに書かれた感想の中にとある政権を非難する内容が目についた。これは典型例だが、自らの罪の意識には繋がっていないわけである。私は悪くないと。戦争という罪に対して、諸悪の根源を定めたがっているのである。問題の簡易化である。そして最悪それを排除しようとする動きに繋がってしまうのである。思考の放棄である。

 ここ最近ヒーローもので語られることが多くなった正義に関しての難しい解釈がここにも見え隠れする。正義とは何なのか、悪とは何なのか・・・

 基本的に善悪の成立は単純である。他人が悪いから、誰かが悪いから、この時点で自らが正義として定まってしまうのである。そして被害者感情が増幅、爆発することによって対立は明確化する。攻撃対象が定まるからだ。

 悪の存在により憎悪が生まれるのではない、憎悪により悪が生み出されるのである。創り出されるのである。

 これが、人間と人間が対立する一番にシンプルな原因だ。反戦はもちろんであるが、第一に戦争反対と叫ぶ前に、人と人とが争うこととなる原因を自らの行動とリンクさせ、顧みて(省みて)いかねばなるまい。



〇見えない
 敵対するオーストリア軍は視認できないが、声が、歌が届くところにいる。さらには味方も見えない。通信したところで向こう側の声は聞こえない。孤立無援だ。そこの指揮官が見えない状況で、無理難題な命令を受け、何かしらを判断するしかない。


 現場と司令部の関係。司令部は現場の状況に関係なく椅子に座りただ地図をなぞるだけで命令を下す。大尉はこの命令は犯罪だと。

 塹壕が家であり、兵士は家族だと。大尉は家族を守るためなら命令など背いてやるというスタンスだった。命令に従いあっけなく死ぬ者、命令に背き自殺する者。それを目撃し彼は言う。「報告は死者の数ではなく、名前が知りたい」と。しかし軍規違反により彼は排除されることになる。

 彼は一番にその現場の状況を理解している人物でもあった。そんな人間を現場から放り出すのである。上層部が正確に情報を手に入れられるわけがない。大局が見えるわけがない。おそらくそれすらも知らないのだから。

 全員に無言で配給される食料に対して、郵便では名前が呼ばれていた。これが終盤何とも空しく響くんだ。





 先ほどまでキツネがいた場所に砲弾が、何年も佇んでいただろうカラマツが燃え上がる。違うカタチで黄金に・・・

 神の居場所なんてローマ教皇だって知らねえんだ。俺らに教えてくれるわけがないと。これを敬虔なキリスト教徒が撮ったんだ。



〇最後に
 人が人を赦すのである。人が人を殺すのである。

 ではでは・・・



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