2016年1月25日月曜日

ガラスの花と壊す世界(2016)

~世界~

〇はじめに
 ただ、質感を楽しむだけの作品。

〇想起する作品
 「13F」(1999)
 「イグジステンズ」(1999)
 「マトリックス」(1999)
  ・・・この辺のブームに乗っかってればおもしろかったのでは??

 「地球爆破作戦」(1970)
 「ターミネーター」シリーズ
 「インセプション」(2010)

 「VITAセクスアリス」


〇こんな話
 女の子たちがいろいろやります。


〇括り
 人間をどこに位置づけるかの問題なんですよ。この手のお話は。

 マザーが人類を地球における唯一の破壊者であるからと排除に奔る。この破壊者の存在は地球にとって必ずしも悪であるのかというところの意見の相違がひたすらにあるわけで。見方によっては人類は破壊者ではなく調整者ともとれるわけです。その点を如何に割り切ることができているか、そんな人がこの作品の鑑賞者にどれだけいるのかと・・・

 
 要はどこで、どこまでで括るのかというお話しになってくるわけで。

 世界ってのは、宇宙という括り、地球という括り、国という括り、ってな空間的なものや、一個人の人生、人間の内なる精神的なものや、ネット(電脳世界)ってのもあるわけで。政治や経済といった見えない何かによる力がはたらくものも世界と言えるのではないだろうか。

 それを知識の箱、バックアップデータという世界の幅を示すことで、我々の認識している世界、地に足のつく大地だけが世界の広がりでは無いことを印象付けていたりするわけで。知識の箱の中にも外にも(人間)世界が広がっている。ここをもっと容易に想像させなければならない。割り切れない人は頭がぴょんぴょんするのではなかろうか。ぴょんぴょんするんじゃ~

 巻貝の螺旋構造をとる知識の箱。流転する世界だか、宇宙だかを模していたのだろうか。


この辺は知ったかと言うか偏見なのだが・・・
 
 元々感覚や感情なんてのも実感を繰り返しての概念形成であって・・・ 見方を変えれば経験的に「その様である」と植え付けられているプログラムなんですよ。その点をアンチウィルスプログラムとされる者たちと、とある少女とのほのぼのとした映像として曲に合わせてさらっと観せたのは評価できるのだろうが、ほぇ~ってだけで終わる。

 人間の成長だって結局は経験による知識の効率化っていうプログラミングでしょ。プログラムの上書き、書き換え。身体的な成長だって事前にプログラムされた情報を引き出してるだけですし。


 彼女らと我々とを結ぶものは何なのか。違いなのか共通点なのか。はたまたただの萌え声とされるものなのか、ツンデレやロリといったキャラクターなのか・・・ ま、いくらでも見方はありますがね。わざわざどうも映画という媒体で見せる必要性が感じられなかった。



〇最後に
 キャラクターは文句なくかわいかったです。

 ではでは・・・

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